ひとんちの仏壇に手を合わせた後「霊がいる」という人
うちには亡くなった母がいるらしい
僕の留守中に妻の友人が遊びに来たんだ。
うちの仏壇(亡母)に手を合わせてくれるのはいいのだけれど、
「お母さんここにいるね。気配がする」
とか適当なことを言うのはやめていただきたい。
妻もそんなこと僕に伝えんでよろしい。
「いる」から何なのだろう。
僕も妻も霊感などないので、いると言われても何もできないのだ。
仏壇に話しかけたら答えてくれるとしても、聞こえないのだ。
なのにそんなことを言うのはどういうつもりだろう。
大事にしてあげてねと言いたいのか?それはでっかいお世話だ。
見守っているよと言いたいのか?だからそれがどうしたのだ、と。
ワタシ「いる」のがわかるのよと言いたいのか?……あ、これか。
ひとんちの亡くなった家族をダシにしてまで他人の関心を引きたいのだろうか。
それが冒涜と思えないようなお粗末な感受性で、母の気配など感じられると思えないが。
どうせならもうちょっとマシなことを言え
考えるほど腹が立ってきた。どうせなら
「あなたのお母さん、コサックダンスで足腰が超丈夫になったんだって」
「あなたのお母さん、初めて魚釣りに行ったらビギナーズラックで1m超えの大物を釣り上げたらしいわ」
「あなたのお母さん、最近は左手で文字を書くのにハマってるらしいわよ」
「あなたのお母さん、プロのアームレスラーで生計を立ててるんだって」
「あなたのお母さん、霊丸が打てるようになったらしいわよ」
「あなたのお母さん、修練のために普段は右目を眼帯で隠して生活しているんだって」
このくらいズレまくった母親像で笑わせてほしい。
あるのは思いだけ
なぜ僕はこれしきのことでこんなに怒っているのだろう。
霊って「いたらいいな」というものだと思っている。二度と会うことの叶わない死者への思いを表現したもの。
遺された人にとって、死者との思い出は時間とともに少しずつ薄れていく。
その薄れゆく過程が人が生きていくためには大切だと思うので、他人がいきなり「いる」なんて無責任な言葉で呼び戻そうとするのは、図々しいし無神経だ。
だから、話を聞いて反射的にうるせー馬鹿ブス二度と来んな!などと思ってしまったんだ。
しかし、そんなことは思っていても言ってはいけない。
いろいろ考えた結果、ひとんちで勝手に霊の気配を感じてしまう人に対する超好意的かつ合理的な解釈を見出した。
「お母さんがいるわ」=「(僕と妻が)お母さんとの思い出を大事にしているのがわかるわ」
これ。
仏壇に供えた花や線香の香り。毎日手を合わせているのだろうなと想像できる要素がたくさんあるのだから、大事に思っていることを感じるとしても何もおかしくない。
これなら腹も立たないし「そうですかありがとう」と言える。
よかった。人様の思い出に自己顕示欲だけで土足で踏み入る無神経な人にも寛容になれる方法が見つかった。
でも「悪い霊」がいると言い出した場合については……どうしよう。
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