読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

こんくそブログ

少しだけ人生を無駄づかいしたくなったら。

子どもの頃の記憶があまりない。

子どもの写真とか動画とか簡単に残せるようになった。いい時代だ。妻が時々「今日はこうだった」と息子の写真を送ってくれるのが嬉しい。

 

他の人はどうかわからないけれど、僕は子どもの頃の自分がどんなだったのか、ほとんど思い出せない。具体的なエピソードとか、その時どんな気持ちだったとか、思い出そうとしても霞がかかったように現実味がない上に断片的。写真があれば思い出す助けになるかもしれないけれど、僕の場合はそれすら怪しい。

妻や妹は「あの時ああだったこうだった」とまるでついさっき見てきたように話す。女性というのはどうしてああも鮮明に物事を記憶しているのだろう(半分くらい「盛ってる」んじゃないか、とすら思える)。

親となった今、息子にどれだけのことをしてやれるかわからないけれど、息子もほとんど忘れられてしまうのだろうか。そう思うとちょっとショック。

 

僕は小学生の間に2回転校、つまり3つの小学校に通った。最初は2年生、つぎは5年生になる時。

最初の小学校は、クラスメイトも担任も覚えていない。ま、1年生なんてそんなもんだろうたぶん。

次の小学校は、木造のオンボロ校舎だった。3年生だったか4年生だったか新築の校舎に全校生徒で自分の机を持って引っ越したこと、やたら元気な女の子がいてなぜか僕だけ名前を呼び捨てにされていたこと、自宅と公園をはさんだ反対側に住んでいた女の子が好きで、しょうもないプレゼントを持っては遊びに行っていたこと、その子にほっぺにチューされて困ったこと(チューなんてとても恥ずかしいことだし、してはいけないことなのだ)、先生にナメた口調で返答して怒鳴られたこと、忘れ物の罰で手首にゴムつけてぱちーんてやられたことなど、ちょっとだけ思い出せる。運動会がどうとか水泳大会がどうとか、そういうのはまるで思い出せない。

3校目は、転校初日に担任の先生がやたら怖くて不安を覚えた。ゲンコツが容赦なかったけど、いい先生だった。好きな子に夢中になったり(天パの綺麗な子で、その後とびきりの美人になった)、同じラジオ番組が好きな友人ができたり。宿題のドリルをスピード競技よろしくスゴイスピードで片付けたり。平泳ぎの足の動きのお手本をさせられて得意げだったり。土星貧乏だったけど、幸せな時代だった気がする。でもやっぱり運動会とかイベント系は思い出せない。

さすがに5、6年生にもなればもっといろいろ覚えてると思ったけれど、生前に母から聞かされてもさっぱり思い出せないことがあって驚かされた。

  • 小遣いで文鳥の雛を買った(覚えてる)
  • 餌をやらなきゃならんので学校に連れて行った(覚えてない)
  • ちょっと問題視した担任と母との間で何らかのやりとりがあって(知らない)
  • なんやかんやで学校に引き続き連れて行った(覚えてない)

個人的には割とビッグなイベントなはずなのに、メインが完全に抜け落ちている。だいたい、学校に鳥かごを持っていくことに何の疑問も抱かなかったのか、歩いて3~40分ほどかかる通学路、デカい鳥かごを持ってどうやって通学したのか、クラスメイトはどう反応したのか、雛がお腹がすいてピヨピヨ鳴いたら授業中どうしたのか、全然記憶がないんだ。……息子が同じことをしようとしたら、どうしよう。

 

なぜこんなにも覚えていないのか。結局のところ「思い返す」ということをまるでしてこなかったのだろう、と。学校で嫌なことがあったら家で発散し、家で嫌なことがあっても学校で楽しければ忘れてたんだろう(そう思うしかない)。そうでもなければ、どこかで頭を強く打ったか空飛ぶ円盤に何かを埋め込まれたかしたに違いない。

何か原因があったとしても、その原因を覚えていないのだから仕方がない。「思い出を振り返るなんて子どもらしくない。だから覚えてなくて当然だ」と思うことにした。

もういいやそれで!

息子には、日記をつけるよう勧めよう…。

 

あなたのいない記憶

あなたのいない記憶