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こんくそブログ

少しだけ人生を無駄づかいしたくなったら。

相手の意図を汲み取れず、一生後悔する羽目になった話

雑記

すこし暗い話。

母が死んでもうすぐ3年になるけれど、相変わらず自分の胸に重く存在している後悔の気持ちがある。たぶん僕が死ぬまで。

 

その日も仕事を切り上げて、夜8時までの面会時間に間に合うよう、夫婦そろって見舞いに行った。弟や妹もやってきた。

医師からは「もう家には帰れない」と言われている。意識も混濁しているようで意味が通る会話はほとんどできない。「タバコちょうだい」とかここは病院だぞ。火をつけずにタバコをくわえさせてあげたり。弟なんか30年以上前に別れた夫つまり僕らの父親と間違えられて「お、おう」とか返事してるし。達筆だった母が字になっていない字で書いた「みんなありがとう」の紙を見せられて涙腺崩壊したり。

そろそろ面会時間も終わりかな、というころ、看護師さんが「個室をご用意しましょうか?時間を気にせずいられますから」と言ってくれたが、「明日また来ますので」と言って帰った。その時僕は(看護師さんだって忙しいだろうに。ひょっとして大勢で毎日来るから迷惑してんのかな)とか頓珍漢なことを考えていた。

その夜、3時過ぎくらいに弟からの電話で母の危篤を知った。というか、病院からも何度も連絡が入っていたのに、全然気づかなかった。バイブにして眠り込んでいたんだ。

妻と二人慌てて病院へ向かったが、間に合わなかった。

 

冷静に考えたら「個室をご用意しましょうか」の時点で気づくだろとか、そんな時くらいマナーモード解除しろよとか、悔やんでも仕方ないと分かっている。ただ、非常時にあって「間接的な言い方をされても気づかない」「表面的な言葉で安易にわかったつもりになってしまう」という昔からの悪癖が、一番悪いタイミングで重なったのは事実。現実を受け入れたくない気持ちも働いていたとはいえ、自分の不甲斐なさに呆れるやら悲しいやら。

僕は、相手の立場で考えて意図を推し量るということが苦手だ。仕事では「クライアントの向こう側にいるお客様のことを考えて」とか言っておきながら、日常生活では「相手が何を思ってそう言っているのか」なんてほとんど考えない。看護師さんが直接「おそらく今夜」と言ってくれなきゃ分からないんだ。看護師さんにそんなことを言えるはずもなく、ギリギリのところで伝えられるのが「個室」なのだろう、と思ったところで後の祭りだ。(ところでこれは看護師さんが多くの患者の最期に接した経験から「今夜だ」と感じていたのだろう、と類推して書いているのであって本人に確認したわけではない)

結局自分がバカだったから、というオチなんだけどさ。自分本位でボケっと生きていると肝心なところで自分に足をすくわれるよ、という。

 

相手の立場で考えるのは、難しい。難しいから、仕事では考えるけど普段は気に留めない(というのがそもそもおかしいんだけど)。「相手の意図を正確に汲み取れるようになりたい」と思いながらこの年までボケボケっと生きてきてしまったので、なかなか実践できないでいる。

二度と同じ思いはしたくないし、そういう思いを誰かにさせたくもないから、自戒のために書いた。昨日は、母の誕生日だったんだ。

 

深く聴くための本―アサーション・トレーニング

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